桜舞い散る原町区

お疲れ様です。
タイトルと記事に何の関連もありませんが、とりあえず久しぶりに更新です。

今日現在、いわき、鹿島区と何とか予定の工事は終了し先週から南相馬市の原町区に来ています。

今回の工事は原町の太陽光支線の新設鉄塔の建設工事のうち、いつものように「基礎工事」が、メインとなります。
色々と複雑な事情があり今回、画像をアップする事は出来ないので文章のみの記事になります。

忙しさを理解しない人達

さて、今回のこの工事だけではなく今年度の工事に関しては、とにかく工事が重複するために元請さんの人員不足が予想されそうです。

今回の工事の編成は、僕達のチームが常時3名+元請さん3~5名程で計6~8人位の人員での作業になる感じです。通常、6~8人位で工事を進行させるのがベストですが、僕らのチームには週明けになると休む、前日飲むと休む、そういった人種が二名程、存在します(^_^;)

どういった環境の中で育ってきたのか知りませんが、一人は60歳過ぎ、もう一人は40歳代半ばの人間です。この人達が自分の我侭で休むという事がどういった事かと言えば、元請で人員確保のために人数を設定して発注しているところにいきなり予定している人員がいなければ残った人間がその人間の分も働かなければならないというのは物凄く簡単な図式ではないかと思う。

それを理解して休むのか、そもそもそいうった意識は芽生える事がないものなのか、常々その人間達に対して理解に苦しむ自分がいますね。

そうして散々休んだあげく、次に現場に出てくるときは悪びれる様子もなく至極当然のように振舞ってくれるから、これまた性質が悪い(笑)

困ったもんです・・・・はい。

負担は殆ど元請さんへ

今回も、前回も休みまくった二人ですが、今日現在はなんとか現場に出ています。

ただ、いつもそうやって休むたびに、工程的な管理をしている元請の「作業班長」さんが負担を背負い込んで苦労しているのです。僕もこの送電関連の仕事以外はほぼ管理業務しかしないので工程の管理についての大変さは良く知っています。

ましてや、下請けの人間が来ないからといって工期が延びるなんていう話は聞いた事がありませんよね、それでもその班長さんは本来、作業するという行動を取ってはイケない立場なのにも係わらず、毎度毎度みんなの筆頭に立って現場作業を進めていきます。

*送電関連の仕事上は「作業班長」は「ノーペンチ」が原則となっており、あくまでも現場を監視しながら安全に作業を進めていくために存在する役職です。

やはり体がキツイ

僕も送電工事に関してはまだ2年やそこらしか携わってないので、詳細な工事の進め方とかコツといったものはまだまだ習得はできていません。殆どが重機に乗っている事が多いので余計に手仕事的な部分を見落としている事も多いですね。

重機にばかり乗っているから体力的にも他の皆より劣る部分があるし、そうなると少しでも楽をしたいと言うのが人間の性ですから重機なら重機だけでいいと思うのも自然でしょう。

そもそもいつも記事内に書く通り送電業はキツイんです。土木工事イヤ、プラント工事に戻れるならすぐにでも戻りたいというのが本音です。

ただこの仕事に限らずどんな仕事でも言える事ですが辛いときも楽な時というのはありますよね、キツクてイヤだ~なんてやっていると次に物凄く楽だったりするので初めの辛いという気持ちがいつの間にか緩和されて忘れてしまうんでしょうかね・・

まあ、人間が単純ってことで・・(笑)

この仕事を続ける理由

僕がこの仕事から離れない理由は、身内の会社の手伝いのため逃げられないという点と、前述で書いたある「作業班長」さんがいるからでしょうね、仮にYさんとしましょう、このYさんがいつも現場で筆頭に立ち汚れ仕事、力を使う仕事を自分から進んでこなしていく、この仕事ぶりというのは僕がYさんと初めて遭った地元の送電工事で散々見てきました。

こういう仕事スタイルが僕は物凄く気に入っていて、それ以来僕は一目置いている存在です。

しかし人間関係が・・

僕は別に身内の会社の手伝いで来ていて、従業員というわけでもないのですが、僕が個人的にYさんの事は気に入っているという話を出すと何名かはそれが面白く無いらしく話がどんどん反れていきます。

その理由は以前に現場にてYさんからキツイ言葉を言われたというようなとても下らない事由なのです。第三者の僕からすればYさんの言動は物凄く共感できる部分が多く、そもそも僕が連れて歩いている身内の会社の従業員達があまりにも・・・・・

Yさんは初めはイチから仕事を教えようと親身になって指導してくれます。ただ、せっかく教えて貰っているのにも係わらず覚えない、動かない、ですからYさんも僕同様イライラしてくるのでしょうね、しまいには口も利かなくなって全てがパーになっていきます。

もうちょっと人の話を理解して、ましてや仕事の仕方も何も解らないのだから下手に出て聞くのが当たり前なんですがね、それが出来ない人達が多くて中間に挟まれている僕が正直精神的にしんどいですよ。

最近の自分

最近、僕はこの身内の会社の人間達はまったく僕とは係わりの無い人間というような意識を持って接しています。それが実際は良い事ではないのは重々承知していますよ、もちろん。

ただ、文頭にあった通り現場の工事進捗の事をな~んにも考えずに好き勝手されちゃうとね・・・

おかしいですかね?僕

まとめ

他の人間はどうあれ、僕は僕のやるべき事を最後までやるだけです。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

10年

お疲れ様です。

今回もはてなからの引用記事となります。

はてなブログ「思い立ったら吉日」

URL:http://sasaken-eng.hatenablog.com/

10年前という歳月

 

連休と言う事もあり

3月中は年度替りと言う事もあり休日返上での業務が続きましたが、4月に入って久々の連休と言う事で今日は朝からデータCDの整理をしていた。

そこで色々と懐かしい写真データが出てきたので先ほどまでSNSやらなんやらに投稿しまくっていたわけですが、現在の事業もいいけれど10年前の自分のほうがやる気のある人間だったのではないかと感じたので記録しておこうと思う。

現在の職業

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さて、現在の職業はと言うと税務上の届出としては「プラントエンジニア」と言う事になっている。

しかし身内が経営する会社のサポートとしてどういうわけか「送電業」の基礎部の工事を行なうのが365日のうちの大半を占めている気がする。

一年を通して平均して仕事があるのはいいけれど仕事の内容的にも単価的、体力的な問題があり事業を行なっている身にして見ればかなり厳しい現状でもあることは以前からの記事にも多少は書いていると思う。

10年前の自分

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*当時30代の自分 というか誰だ?撮影したのは(笑)

 

10年前といっても約10年位前と表記したほうが正しいかも知れないが、以前は普通の建設会社に勤めていて、そこで現場代理人と言う業務について市町村・県の公共工事に携わっていた。

現場代理人とは言っても正社員数が自分と役員を含めて5人程度で常務・常務の嫁さん・自分・そして若手が2人程度で、実際に現場で動けるのは最大3人というの小さいBランクの会社だった。

上司がいない会社

ただ、この会社のおかげで自己流ではあるが色々なスキルを身に付ける事ができたのも事実で、入社後ほどなくして現場代理人に強制的にさせられるわけだが教えてくれる上司というものが存在しないため、何をどうすればいいのかさえ見当も付かなかった。

実際には入社する前までに土木(作業員として)の経験はそれなりに積んでは来てるので押さえるべき数値などは少しは理解していた。

ただ、本格的に測量や丁張の計算となると、電卓は持っていても計算の方法が全然わからない(笑)

Windows98とダイヤルアップ

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*画像は当時の現場事務所のもの

 

たまたま30代の前半にパソコンに興味を持ち、当時確かWin98がメインのOSだったデスクトップ機を購入し、今では考えられないダイヤルアップ回線と言うものを使用してインターネットに接続して測量の事や丁張の計算方法、役所への書類を提出する際のルールや雛形等、この頃に少ない脳みそへ無理やりインプットしたものだ。

この会社に入ってからADSL接続と言うものを初めて知ったわけだが・・・

当然ながらCADなどと言うものは聞いた事すらないので全ての計算は電卓と野帳を持っての手計算のみでトータルステーションを操作して丁張設置、施工面積の算出、用地測量など行なっていた。

とにかく毎日が勉強

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*自分でブルに乗り写真を撮ってもらう図

 

とにかく日々、自己流の勉強と実施の繰り返しで、現場を先行させなければならないので筆頭に立って現場作業を進めなけらばならない。

代理人という肩書きはあっても実際は少人数で現場をこなさなければならず現場事務所に篭っているわけにもいかない。

エクセルやCADなど当てにもできないのでやはり手計算で全ての計算をこなす日々、作業終了後に現場事務所Or会社の事務所にてインターネットで調べて色々と勉強して夜中までかかってその日の業務を終了させる。

周りからは「こんな会社ねえよ」みたいな事を言われても居心地はよいので居座った(笑)

なんとか他の会社の現場を覗いて見様見真似で現場を進め、赤字を作る事なく工事をこなしていった。

覚えてしまえば楽チン

そんなこんなで、ある程度の知識と経験さえ積んでしまえば他の作業者達と比べれば普段の日は楽な部分も多いのでやめられないのが代理人という仕事じゃないだろうか、人数が少ないと自分のように現場作業→現場作業→現場作業→現場作業→事務作業というような一日のサイクルになりかねないが・・・

ましてや自分が計算してかけた丁張にしたがいモノが作られていくというのは最高に気持ちが良いものでもある。

しかし間違いを犯したら最後、やり直しという手戻りが発生するため作業者に対して頭を下げることも何度かあった。

そして現在

しかしながら、その会社も平成19年頃だったろうか

入札条件の見直しのようなものがあり、入札前の安全管理等の計画書の提出が義務付けられたか何かでこんな弱小会社の作る安全計画書では入札に参加は出来ても工事を落札することが困難になり約1年後に赤字が出来る前にということで「倒産」という方法を取ってしまった。

幸い赤字もないので保証的なものや金銭的なものは結構頂いたのだが・・・

1年近く失業保険に養ってもらい、地元のゴルフ場に勤務することになるが、わずか半年ほど後に「東日本大震災」に見舞われる事となる。

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*震災後しばらくしてからの石巻水産加工団地

 

そこで再び倒産した会社の常務から個人的に連絡が入り現在のプラントエンジニアという業種に転向していくわけだが、当時の石巻の復旧作業現場にて現場所長として滞在しながら日々勉強が始まり、AutoCadを使用しての設計、製図やプラント設備の仕組みを理解するのに約1年かかって現在の「ササキエンジニア」という事業を立ち上げる事ができたのは言うまでもない。

なぜか送電業メイン?

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石巻に滞在してから約3年以上、とあるプラントメーカーの専属として毎日関東~東北全域にわたり排水処理施設の設計管理を行なう業務をおこなっていたが、女川の排水処理施設の新設現場にて心労的なものでプラント業務を放棄してしまった。

それ以来、身内の経営する会社の手伝いをする感じで何故か「送電工事業(基礎)」にドップリとハマっている。

しかし一度現場を放棄したにも係わらず、プラントメーカーさんのほうも体の拘束がない条件下で契約を続けてくれているので定期的に安定した収入が得られる流れではある。

正直体も収入面もしんどい「送電業」の作業だけでは今の生活は維持できないのが現状。

更なる収入を得るために

送電事業は体が資本なのでいい加減この体が耐え切れるという保証はないし、収入もしょぼい。この先、プラント事業のほうが永続的に続く保証はないので現在はコツコツと毎日、アフィのほうに力を注いでいる。

アフィと言っても物販アフィリのような一度限りの収入で終わるアフィではないので年金的な位置付けで地味に稼いでいるのだが、これが割りといい収入となっている。

年金的なアフィって?

ここで新たに内容を書くのは結構しんどいのでリンクを用意したのでそちらを参考にしてみて欲しい。

ワンペラサイトなので簡潔に作ってあります。

 

harrytam.site

 

最後までお読みいただきありがとうございます。